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Zの歴史はダットサン・スポーツというクルマにまで遡る。
戦後まもない1950年代に作られたオープン4シーター「DC−3」が現在のZの先祖となる。
その後、ダットサン・スポーツ「S211」を経て「SPL212」という形式に発展。ここから「フェアレディ(当時はフェアレデーと呼ばれた)」という名が与えられることになる。
この「SPL212」は輸出用だったということが今の「世界のZ」という認知度を築き上げたのであろう。
1960年代に入りついに国内向けに「フェアレディ」が販売される。この「SP310型」は変則オープン3シーターで、レースにも積極的に参加。第一回日本グランプリ(鈴鹿)ではポルシェ、MGを抑え見事に優勝を果たす。その後に出た「SP311」では最高時速が165km/hにも達し北米で人気を集めた。
フェアレディは「SP」から「SR」と形式を変え「SR311」からは排気量も2000ccとスープアップされる。レースにおいても第四回日本グランプリでは1位から3位までを独占、モンテカルロラリーにも参加しクラス3位という好成績を残し、世界にその名を広げることとなる。
そして1969年に「フェアレディZ」として伝説の「S30」が登場することとなる。
今までのオープンから剛性を高めるためクローズドボディが採用され、Zのイメージとなるロングノーズ、ファストバックもこの時期より採用。70年代には「240Z」の愛称で親しまれた北米向け「HS30」が登場。最高速は210km/hにも達している。レースにおいてもサファリラリーで総合優勝をとるなど「世界のスポーツカー」としてその地位を確立していく。
そして米国における「Z−car」というブランドを確固たるものとした「S130」が登場。この「S130」は米国「インポート・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し「ポルシェを買うか?Zを買うか?」という有名は文句を作らせた歴史的モデルとなる。その後「Z31」、「Z32」そして現在の「Z33」と流れを組む。このように歴史を紐解くと良く分かるの通り「フェアレディZ」は初めから世界を視野に入れ、常に「世界基準」で作られてきた日本を代表する国際的スポーツカーなのである。 |