|
≪ランボルギーニ・ムルシエラゴ。
ディアブロの後継にあたる。映画に
出てくる未来のクルマみたいな美し
い流線型のボディ!≫
|
「スーパーカー」の定義を述べよと言われてみても、それは難しいことである。
少量生産からの希少価値から「スーパー」なのか?
不動産が買える位の値段だから「スーパー」なのか?
はたまたレースマシーンのようなSPECだからこそ「スーパー」と呼ばれるのか?
あれこれ考え出すとキリが無いが強いて言うならば「スーパーカー」は「全てにおいて極限まで追求されたクルマ」といえるであろう。
しかし、誤解を招きたくないので言及するが「快適性」をいう項目についてはその限りではない。
確かに「快適性」を含めた「全てにおいて極限まで追求されたクルマ」といえばドイツの「マイバッハ」も「スーパーカー」に含まれるであろうが、我々クルマニンゲンをはじめ日本人の頭の中にある「スーパーカー」は「スポーツカー」という点で「全てにおいて極限まで追求されたクルマ」と考えてよいであろう。
もちろん室内のつくりなども贅沢を極めているので、「スーパーカー」はまさに「速さ」、「スタイル」そして「ステイタス」を極限まで追求された究極のクルマなのだ。
|